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「奉仕の命令をください」と哀願しました。平和な家庭より奴隷の快楽を選んだのです。 前編

マゾの悦びが忘れられなかった社長夫人の告白  ※DVD収録 告白 なぎさ(PN)

異常性愛の目覚め

一度奴隷になった女は、二度と真人間に戻ることは出来ないのだと、私は思い知りました。
十年以上昔、私に奴隷になる悦びを教えてくれたのは、七歳年上のあるS男性でした。
当時の私は田舎から出てきたばかりの十九歳の小娘です。その頃の私は演劇の世界に身を置いて、早く一人前の役者になろうと頑張っていました。貧しいバイト暮らしを続けながらも青春の全てを演劇に捧げて、充実した毎日を送っていたのです。
そのS男性は、私のいた劇団で座長をしていた男性です。
その頃の七歳年上というと、自分より遥かに大人に思えたものです。ちょっと悪そうな雰囲気のある男性で、芝居の稽古の時は恐ろしいほどに厳しいのです。でもお酒に酔って演劇論を語っている時など、とても人間くさい魅力に溢れていて、いつしか私は異性として彼に惹かれていました。ほどなくして、彼とつき合うようになったのです。
つき合うようになった後も私はそのS男性のことを「座長」と呼んでいました。少し気恥ずかしくもある、私の青春期です。
座長は、私にとっては初めての男性でした。そしてその初めての男性が、SM趣味という特殊な性癖を持っていたのです。


ひよこが初めて見たものを親だと思い込むように、私は特殊な性を当たり前のことのように受け入れました。ありきたりな言葉で言えば、その頃に私は「調教」されたのだと思います。
目隠しをされ、首輪を嵌めながらするセックス。体を縄で縛られ苦痛を与えられながら奉仕する歓喜。誰に見られるかもわからない野外で肌をさらす、身をよじりたくなるような快感。
こんなことのすべてを、私は座長から教え込まれたのです。
右も左もわからない小娘だった私でも、このような行為が異常だということにだんだんと気づいてきました。このままこの世界から逃れられなくなるのが怖くなり、私は劇団を辞めました。その後は縁があってある実業家の男性と知り合い普通の男女の交際をし、結婚に至りました。それが今の主人です。
主人の会社の業績は順調で今では多くの従業員を抱えるまでに成長し、私は社長夫人という昔では考えられなかったような立場になったのです。
夫はノーマルな性癖しか持っていません。それを不満に感じたこともないつもりでした。
主人との間には娘も生まれ今では小学生になっています。
経済的にも、家庭的にも、幸福な女の人生を歩んでいるのだろうと、自分でも思っています。
このまま、自分の人生からはあの変態的な性、マゾの快楽の世界は消えて、まともな人間の生活を送るのだろうと、漠然とそう思っていました。
しかし運命の悪戯で、私はまたあの世界に……異常な性に溺れる快楽の日々に引き戻されてしまったのです。

※この続きは、「マニア倶楽部2019年5月号」をご覧ください。