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久しぶりに穂積さんから、原稿が届きましたので、掲載します。
【平行な世界】
2015年10月××日、明日は半年前から予約していた某店で松茸を堪能できる日だ。
このところお互い新しい生活を控え束の間の待機期間である彼とわたしは、不思議なほど共に時間を過ごしていた。
朝家族を送り出すと我が家にきて何をするともなく一緒に過ごし、夕方彼は子供たちの世話をするため一旦帰宅する。
そしてまた戻ってきて明け方までお互い気ままに寝起きする。
そんな生活が続いていた。
しかも気が付くと、買い物もゴミ出しさえ彼かその友人たちが代行してくれているおかげで、わたしはまる一週間玄関から一歩も出ていない状態になっていることにふと気づいた。
なんの違和感もなく生活していて、彼もわたしの外出があまりになさ過ぎることに気が付かなかった。
散歩コースを考えてくれた頃にはすっかり外界に対する関心がなくなり、所謂これこそ引きこもりというものだろう。
この日、勉強会から帰ってきた彼が言った。
「この世界もパラレルなんだよ」
人が死を決意するきっかけに、まさかこんな一言が、とはわたし自身も思ってもみなかった。
特に失望したわけではなく、その言葉は寧ろよろこびの言葉にわたしには響いたのだ。
今大好きな人とこんなに多くの時間を共にできていて、この時間はやはりパラレルワールド。
ここで人生に幕を閉じることができるのならこんな素敵な最期はない。
ただただそう思った。
残していたありったけのいろんな薬をテーブルに並べ、彼が眠っている時間に簡単なメールを打って発見されるまでに鼓動を止める。
そんな計算をしながら、松茸のことなどすっかり忘れてわたしは明け方から錠剤を黙々と飲み始めた。
意識が朦朧としてきた頃、最後のメールを送信し、わたしは深い深い昏睡状態に堕ちたのだった・・・・
「俺が殺すまで生きてろ!」
わたしの頬を叩きながらそう彼が叫んでいたのをかすかに覚えている。
うっすらと意識を取り戻してその後一週間ほどわたしの記憶は一切ない。
発見されたのは半日が過ぎた夕刻で、変に思った彼が鍵を開けたときだった。
倒れたわたしの目の前にあった大量の薬の空を見つけたときには、わたしの体温はかなり低下していて、もう病院へ行って胃洗浄をしても間に合わない状態だったようだ。
もうこの部屋で死ぬか生き返るか、ひたすらわたしの体を毛布などで包んで温め、彼と数人の友人はわたしが息を吹き返すのを待ち、祈ったそうだ。
何か辛かったわけでも悲しかったわけでも全くない。
わたしはただただ生きるという力、本能が薄れてしまっていたのだろう。
そして何より、それまでの時間がいつ死んでもいいほど幸せ過ぎたのだ。
こうしてわたしは再び目覚め、過去一度違う形で経験して通算三回目の同じ入れ物、体へ戻ることとなった。
こうしているととても不思議な感覚に襲われる。
生きている世界と死の世界、どちらも本当にパラレルワールドのように感じる。
そして三回目のこの人生、何かが違うのだ。
うまく適当な表現んが見つからないが、薬を大量に飲んだせいでもしかしたら脳の一部がおかしくなってしまったかとも考えることがある。
体がとても軽くなり、自分の感情さえ常に画面を通してみているような感覚。
以前に増して外界との感覚の違いを感じるのだ。それは楽しいわけでも辛いわけでもない。
そしてその後もしばらく奇妙な日々は続いた。
それでもわたしはなぜ再び此処にいるのだろう?
その答えは・・・きっと「彼女」に出会うためだろう。
文責・穂積