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妊婦(日々雑感)

好きか嫌いかといわれれば、妊婦が絶対に好きなのだろうと思います。春めいて薄着になってきているものだから、街行くひとのニンシンが、どうにも目だつのです。どうにも目だつので、気になって気になって、しかたがありません。

今日も、出社途中のバスの中に、いました。マタニティの下半身が、ピッタリ膨れあがっている三十代前半くらいの、かわいらしい妊婦さんでした。
初めての子供を身ごもっているらしいマジメな顔つきや、慎重な仕草、落ち着いた振る舞いに、心ときめかせてしまったのです。
きちんと、検診を受けているのだろうか? 御主人の理解はあるのか。無理はしていないか。悩みはないのだろうか。
とてもいじらしく、親御のように心配したくもなってきます。うまく表現できないのですが、とにかく漠然とした「いじらしい」という気持ちが、どうにもおさえきれず、不意に、涙ぐんでしまうようなときもあるので、自分でも、薄気味悪かったりします。妊婦が好きなんだろうと自覚する、所以です。
そういえば以前、少女受胎 というマニア写真集みたいなものをつくったことがあります。ロリータ属性の大人の妊婦さんを、麻縄で縛ったりした本でした。撮影のとき、ずいぶんお腹が大きくて、緊張したような記憶があります(良い子のみなさんは安易にマネをしないでください)。
思えば、子供のころは、妊婦の姿形が、エロまぶしかった。妊婦を色眼鏡でしか見られないのは、男の誰しもが体験することで、べつだん目新しいことではないのですが、セックスという想像上の行為を、圧倒的な存在感で妊婦が具現化していて、なんだかもう、エロまぶしさに目がくらんでいたのです。
今でも覚えているのが、小学校低学年のときの、妊娠していた担任の美人先生に、
「せんせいは妊娠しています! お腹の中に、赤ちゃんがいるんですッ!」
ヒステリック気味に、告げられたときのことです。なんだか先生のお腹が大きくなっている、もしや妊娠では。そんな雰囲気の中、クラスの男子の落ち着きがなくなり、授業中もざわざわしはじめ、下品なコソコソ話で盛り上がったりしていた頃だったので、いい加減、業を煮やしたのかもしれません。
(美人先生の妊娠宣言……)
当時のわたしは衝撃を受け、呻くようにつぶやくのが精一杯でした。
さて。
ある日の放課後、夕焼けの職員室に美人先生をたずねたことがありました。なにかの理由で、呼び出されたのだろうと思います。
なにごとかとおびえながら、「失礼します」礼儀正しく室内に入ると、他の教職員の姿はなく、シーンと静まりかえっていました。
ただ、美人先生だけが、窓際の自分のデスクの前で、こちらに背を向けて座っているのです。私に気づく様子もなく、じっと黙ったまま動く気配がありません。
そうっと、先生の背中に声をかけましたが反応はなく、不審に思って正面にまわると、美人先生は、スリッパを前に投げ出し、ちょっと上体をそらすようにして、椅子に座っていました。
私はハッとしました。
美人先生が、赤ちゃんのやどっている大きなお腹に両手をのせて、うたた寝をしていたからなのです。かるく目を瞑り、うすく微笑んでいるような安らかな表情で、すこしめくれあがった唇からは、すうすう寝息をたてているようでもあったのです。まったく無防備な妊婦の寝姿なのでした。
(うわぁぁぁぁぁ!!)わたしは心の中で叫びました。
巨大なゴムマリのようなお腹は、指先でつついたら、ぷうっと破裂しそうです。なんだか、この中に生きていると思うと、こわくなってきます。おっぱいも異常に大きくなって、ダランとした首周りの白いハイネックセーターのバストが、すごいことになっています。そこは、指先でつついたら、猛烈に反発してきそうです。
でも、美人先生は、幸せそうに、すうすう居眠りしているのです。夕陽に照らされて、赤い妊婦が気持ちよさそうに居眠りしているのです。
(ごめんなさーいっ!!)わたしは心の中で叫んで、職員室を飛び出しました。
 
……なんだかよくわからないが、どうやら、そのあたりの体験に、自分の妊婦にたいする薄気味悪さの源泉があるみたいなのだが、どうなんでしょ。
文責:丸眼鏡