困惑日記 【第11回】 女王様と奴隷の数だけその形はある……。

今たった一つの真実。それは、私はMだということだ。
SとかMとかというのはどこで決まるものなのだろう? 
生まれ持った性質で一生変わることはないのだろうか? 
でも、両方を出来るという人もいるし、相手によって変わるという人もいる。
ということは、何か転機が訪れたら、私がSになることだって十分あり得るのではないか?

TとK、2人のM男性からほぼ同時期に女王様になって欲しいと言われてから困惑し続けている私だが、こうやって考えられるようになってから少し気持ちが楽になったような気がする。
どんな女王様だって最初からなんでもできる女王様だったわけではないだろう。
私だって最初からしっかりとした主従観を持ってなどいなかった。
色々なS男性やSM愛好家の人たちとの触れ合いがあって、今の私がいる。
SMを知ったときの純粋にプレイだけをただただ求めていた時期とはやっぱり私も違う。
ではTとKを奴隷として本当に認めてしまおうか。すべては認めてから始まるのではないか……。
いや、やっぱり駄目だ。
それは怖くてできない。
今の私はまだまだ未熟なMで、自分自身さえ奴隷として成長しなければいけない部分がたくさんある。
それなのに、他の2人の人生を受け止めるなんてできるわけがない。
困惑が少しおさまったかと思ったけれど、少しだけ前進しただけだった。
もうちょっと時間をくれ、TとK。本当に待たせてごめん。
でも今の私は何をすべきなのかはわかってきた気がする。
それは私の主従観をしっかりと形をもったものにすること。
これは私が私の主である御主人様との間で考える主従観とは少しずれる。
でも、私が主であるならどうしたいのかを考えることが重要なのだと気付いたのだ。
今までは相手に合わせることしかしてこなかった。相手の望む形になるのが奴隷だと思っていたからだ。
もちろん奴隷は主の色に染まるべきだけれど、だからと言って自分の考えをすべて捨てなければいけないわけではない。
ここに行きつくまでにかなり遠回りをしてしまった。
TやKには普段からメールなどで、どんなことをされたいのかを聞いたりしている。
前にも書いたがTとKは同じM男性とは言っても全く毛色が違う。
でもだからといって私が妥協する必要はない。
この場合はTとKを私の望む形の考え方に染めていくのだから。
試しにTにこんな質問をしてみた。
「主のために、死ねる?」
「それが奴隷というものではないですか?」
Tの答えは私の考えと一致するものだった。
もちろん現実に死ねというわけでもないし、逆にどんなに辛くても生きろと命令するだろうけれど、究極のところ、この考え方が合うかどうかで話は全然変わってくると思うのだ。
Kにはこの質問を投げかけてはいない。
たぶんKは「それはできませんよ」と言って笑いそうだ。
でもKが悪いとか、それじゃあ奴隷にはできないとは言わない。扱い方が変わるだけだ。
今まで全然たどり着けなかった考え方に今私はたどり着いている。女王様と奴隷の数だけその形はあるということだ。

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弥生・・・小さい頃からMの自覚を持って育つ。大学生の頃からハプニングバーで働き始め、今も仕事をしながらバイトをしている。プライベートも含め根っからのMだが、最近M男性からSっぽい面を求められ、方向性が揺らぎ始めている。S転して、女王様になる日も近い!?。

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