【暗黒性風俗ファイル ブログ版】その1

世界には「性」に係わる不思議な話、残酷な話、奇妙な話がたくさんあります。
そんな「性」の暗黒面を紹介する弊社ムック『本当にあった暗黒性風俗ファイル』の中から、
何回かに分けて、本ブログ上でいくつかのお話を紹介していきます。

近親レズビアンの殺人メイド姉妹
パパン姉妹 イラスト【杉本赳士】
殺人姉妹として1930年代のフランスを震撼させ、作家のジャン・ジュネや哲学者ジャック・ラカンがその作品のモチーフにしたパパン姉妹。彼女たちは実に数奇な運命を辿った姉妹でした。
フランスの貧しい家庭に生まれたパパン姉妹は、すぐに修道院に預けられ、人生の多くを狭い修道院の中で過ごします。外出は一切禁止で娯楽も無く、頼れる者は血を分けた姉妹のみ。そんなふたりにとっての唯一の愉しみは、姉妹で愛し合う事でした。

パパン姉妹


そんな姉妹のもとに嬉しい知らせが届きます。
ル・マン市のランスラン家が女中を求め、彼女たちにその仕事が任されたのです。
修道院の外に出られると姉妹は大変喜びましたが、それも最初だけでした。
なぜなら女主人のランスラン夫人は非常に陰湿で厳しく、姉妹が少しでもミスをすれば激しく罵られ、時には折檻が待っていたからです。しかも修道院同様、ランスラン家でも彼女たちは一切の外出を禁じられました。
例え外出を許されても、姉妹の給料はすべて実母の懐に入っていたので、彼女たちは何も買う事ができませんでした。つまり場所は変われど、修道院と同じようにランスラン家も姉妹にとっては牢獄だったのです。
そんな絶望的な現実は、姉妹の近親相姦をより激しくしていきました。特に男性を知らないまま28歳になっていた姉・クリスチーヌの妹への愛情は、まるで男性の女性に対するそれと同じでした。
凶行のきっかけは姉妹が留守番中に邸宅のヒューズが飛んだ事でした。前日にアイロンを壊して激しい折檻を受けていた姉妹は、女主人と娘が帰宅した途端、恐怖から衝動的にふたりを殺害したのです。しかもその殺害方法は、ナイフや斧でふたりを切り刻み、両方の目玉を刳り抜くという、今までの憎悪をすべてぶつけるかのような常軌を逸したものでした。
裁判になると、姉のクリスチーヌは妹への愛をこう語ります。
「もしも私が生まれ変わったならば、妹の夫になるでしょう」
そして妹と別々の牢屋に入れられると、こう叫び続けながら遂には獄死してしまったのです。
「私の妹を返して!」
その一方で、当時21歳だった妹のレア・パパンは、8年の刑期を終えて釈放されました。
生まれた時からずっと姉と一緒だったレアは、29歳にして初めて自分の人生を歩む事となるのです。

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