お待たせいたしました~左母次郎先生です!『牝犬物語』 【第3話】

公園での出来事は、私たちの生活スタイルを変えるきっかけになった。私たちが都会で暮らすのは無理だったのだ。世間では皆と違う者の存在を許さない。異物であることがばれればたちまち吊し上げだ。
「ここでこそこそ暮らすより、いっそ人のいない所へ行こう」
ご主人様の決断は早かった。千葉の海沿いの街はずれにバブルの頃建てられた別荘地がある。その一軒を格安の値段で買い取り、私たちは引っ越した。映画にでも出てきそうなお洒落な建物が並んでいるが、住んでいる人は誰もいない。まるでゴーストタウンだ。ちょっと寂しい気もするが、ここなら白昼何をしようと見咎められることはない。理想的と言えば理想的だ。
「ここに僕らみたいな連中を住まわせて、性的マイノリティのユートピアを作ろうか」
ご主人様は笑いながら言った。
新しい生活は思ったより快適だった。少し歩けば海岸があり、私たちはまったく人目を気にすることなく、そこで丸1日過ごすことが出来た。実際、たまに来る郵便配達を除けば人の姿を見ることはまれだった。まるで、世界が私たち二人…いや、一人と一匹のためにあるように感じることが出来た。幸せだった。だが、この幸せは長く続かなかった。
ある日の深夜、ビールを買い忘れたことに気づいたご主人様は、歩いて15分ほどの所にあるコンビニに出かけた。もちろん私も一緒に。街路灯もない真っ暗な道を歩いていくと、深夜でも交通量のある街道に出る。コンビニは道路を横断してすぐの所にあった。私は道を渡らず、物陰に身を潜めて一人歩いて行くご主人様を見送った。時折車が走って来るが、コンビニの前を素通りして去って行く。何分経ったろうか。ご主人様はなかなか戻って来ない。
待ちくたびれた私は、暗がりから出て横断歩道まで出てみた。車の気配がないのに安心して、大胆にもコンビニのパーキングまで行ってみることにした。危険かなとは思ったが、一秒でも早くご主人様にじゃれつきたい、その一心だった。横断歩道を渡り、コンビニのパーキングの隅に積んであった瓶ビールのケースの陰に飛び込んだ。考えてみたら、一人で外を歩くのは初めてのことだった。胸のドキドキがなかなか治まらない。
それから更に数分経った。コンビニ店内の様子が見えないかと、ビールケースの陰から這い出した。窓から雑誌を立ち読みしているご主人様の姿がちらりと見えた。
その瞬間だった。突然私をまばゆい光が包んだ。パーキングに入って来た車のヘッドライトだ!私はパニックを起こし、ビールケースの陰へ逃げ込もうとした。が、そこは安全地帯ではなく、袋小路だと気づいた。私はまるで猫に追いつめられた鼠だった。車の助手席から降りて来たチンピラ風の若い男が、ニヤニヤしながら私を見つめた。
「お姉さん、こんな所で何やってんの? 牝犬プレイってやつ?」
恐怖で声が出ない。
「オレたちと遊ばねえ?」
犬3
男は私が引きずっていたリードを掴み、ぐいと引っ張った。
「いいだろ?オレたちと犬プレイしようぜ」
逃げようとしたが無駄だった。ずるずると引きずられ、後部座席に乱暴に押し込まれた。すかさず運転席にいたもう一人の男が車を急発進させる。
「わん!わん!」
思わず口から出た叫び声は「助けて」ではなかった。
「なんだこいつ、頭おかしいんじゃねえか?」
「まあ、見た目けっこうソソるしな。味見したら冴島さんのところに連れて行こうぜ」
男は助手席の物入れから液体の入った小瓶を取り出し、手慣れた様子で中身をガーゼにしみ込ませた。
「じたばたすんじゃねえ」
抵抗もむなしくガーゼが鼻と口に充てがわれる。たちまち目の前が真っ暗になり、私は意識を失った。
続く


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