お待たせいたしました~左母次郎先生です!『牝犬物語』 【第2話】

私の犬としての生活はこんなふうだ。
朝、ご主人様を起こすところから一日がはじまる。
普通なら朝食の支度をするのだろうが、それはご主人様がしてくれる。
メニューは決まって目玉焼きにトースト、私にはドッグフードだ。
ご主人様が会社に出かけたら一日することがない。ひたすら待つだけだ。
いくら退屈でもテレビを見たり本を読んだりはしない。
ご主人様が見ていなくても、私は忠実な犬でありたい。
夜、ご主人様が帰って来たら思い切り甘える。疲れた彼を癒してあげるのが私の役目であり、喜びなのだ。

私の生活はほとんどがマンションの中だけに限られているが、たまには外出することもある。たまの休日にはドライブに連れて行ってもらった。首輪ひとつの姿なのでレストランで食事したり観光したりはできない。郊外のひと気のない公園などに車を停め、つかの間の散歩を楽しんだ。
 その日もドライブの帰りにお気に入りの公園に立ち寄った。住宅街のはずれにある寂れた公園だ。遊具など錆び付いていて、風に揺れて悲しげな音をたてた。
「さあ、ちょっと歩こうか」
 車から降り、ご主人様にリードを引かれて歩く。犬になりきっているつもりでも、まだ外を裸で歩くのには慣れないままだ。振り返ると、路駐した車がずいぶん遠くに見える。
 突然、ご主人様が立ち止まった。何事かと見上げると、前方に中学生らしき少年が二人、眼を丸くして立っていた。人が居たことなどないので油断していたのだ。私はご主人様の後ろに縮こまる。ご主人様が追っ払ってくれると思ったのだが…
「びっくりさせたようだね」
 ご主人様は二人に親しげな声をかけた。
「これはね、犬なんだよ。ポチって言うんだ」
「犬…なんですか?」
 ご主人様はリードを引いて私を彼らの前へ引きずり出した。好奇の視線がからだに注がれる。
「さあ、ポチ、ご挨拶は?」
「わん」
 蚊の鳴くような声しか出なかった。
「へえ」
 中学生の一人がかがみこんで手を差し出した。
「お手」
 私は片手をその手のひらに乗せる。
「へええ」
 歓声が上がる。もう一人は私に向かって命令した。
「三べん回ってワン」
 私はそのとおりにする。早くこの二人にどこかに行ってほしいと願いながら。
犬2
「本当に犬なんだ」
「散歩させてもいいですか?」
 ご主人様はリードを手渡した。そして、共犯者のウィンク。
「いいとも。でも、あまり離れた所まで行かないようにね。人に見られたら大変なことになるから」
 ご主人様から離れるのは不安だが、さっさと終わらせてしまうしかない。
「ポチ、おいで」
 中学生達は私を先に歩かせて、あとからついて来た。くすくす笑う声が耳には行って来る。彼らが私のどの部分を見つめているか、からだで感じることができた。
「丸見え」
「ケツの穴」
 などといった言葉の断片が心に突き刺さる。恥ずかしさがこみあげてくる。思わず涙がこぼれた。
 中学生達は携帯で私と記念写真を撮って、はしゃぎながら帰って行った。帰りの車の中で、涙ぐんでいる私にご主人様は言った。
「すまない、あそこで騒がれるより仲間入りさせてしまった方がいいと思ったんだ。つらい思いをさせたね」
 優しい言葉がかえって辛かった。ご主人様は犬になりきっていない私に失望しているに違いない。もっともっと犬にならなければ。ご主人様の期待に応えなければ。
続く


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