たまえ講座⑨【荒川也寸志】

「なにか、楽しい事って……ないですかね」
 老人は、二十年程前までは、よく人と会っていたので、出会う人、殆ど全員から、よく聞かされていた言葉です。
 付合いとなる世界が、「SM関心者」となる事ですから、こちらは「ないねえ」と返事をするしかありませんでしたネ。
 なにしろ、かつては異端は“恥じらい”の世界の事で、人生ぼかしの、すべてに曖昧に過ごそう、とぼけよう、の態度・姿勢の人間ばかりだったと言えます。
“楽しい”事はない代わりに、“嬉しい”事は増えました。
 金さえあれば、何でも手に入る時代になったからです。
 分割払いをローンと酒落て言ったり、高値の金額に現金はなくても、「月賦」で品物は手に入るのですから、見事・便利と思えます。
 どう口説くか……人材不足どころか、なり手さえ存在しなかったモデルに、腐心しましたが、今では「万札次第」です。
 他人が「三万円」提示したとすれば、「オレは五万円、ピンハネなしで出す」とモデルに言えば、「うん、ハイ」もので、口先きだけ道学者のヒンシュク語である「ワイセツなシーン」だって“劇写”出来るのですから、当世は。
  この“劇写”というコトバは売写家の登録ものになっているそうで、ウカツに用いられないそうですが、こうした事は不快です。腹立たしい事です。
 老人は、「サロン芸術の作品づくり」という意識での写真は撮って来ませんでしたし、今も撮る気はしません。
 シャッターを切る時は「狙写」です。「狙って撮っているぞ、ものにした!」の成果を楽しめるのが、いいことなので、フィルムを無駄使いするが如き乱写は、しませんでした。
 作品残し、と言うより、その場その場での記録作り専念でしたから、独り嬉しがっていた事になります。
 こうした嬉しがられる時代に暮していられるのですから、後生人たちが「元気溌刺」でいてくれれば良いのに、「損得ばかり」を気にしている集団となって目に映るのは、情けなく思います。
 達者に、飲み喰いばかり、知識も行動も持ち合わせ、その方で労を惜しまずの「戦後うまれ」は有難知らずの種族です。
 敗戦の日から七十年……当時の赤ん坊が、なんと七十才の高令者となっていて、その者供と、それ以下の連中が、すべて「これが当り前」と、豊かさ便利さに感謝することなく倦怠の態を見せている事になっているのを知ると嬉しがってはいられぬ思いもするのですが。
 老人の「独断と偏見」のシャベリングに席を並べた事のある“リス仲間(小心者たち)”は、「狙写写録」眺めの機会にもなる事であり、嬉しがってくれましたが、引込み思案しすぎの人民(ひとたみ)は「フン、ほざきやがって」で終るか、老人の過去の話でも、大騒ぎするでしょう。プライバシー侵害だ、とか言って。
「沈黙は金」「熟慮しての発言」等々、日本語使いが野暮になったのは、「敗戦の結果」であり、男性が情けない生き者となって来たのも、そのせいです。
 若い人たち、「性事」に興味・関心が芽生えたり、いやましに高まってきたのなら、コンクリート囲みのマンション住いや、ベッドでの生活を極力回避したまえ。
 築三十年程度のアパート、近畿方面では文化住宅と呼ばれる、木筋モルタル建築の小世帯住居の、畳のある部屋から「男女共棲生活」の開始を心懸け給え。
 アメリカン・ベッドとかホテル寝台といった形態物は性欲を弱めますから。
 業者から営業妨害だ、と言われ出すかもしれませんが、「ベッド最高品」は、病院で使われる、鉄骨製(スチールベッド)です。
 倹約、質素な共同生活で、可能な限り貯金をして、ランク上の環境暮しが期待されるようになってからは、別の生活形態になれば良いこと。若い内のアメリカン・ピープルの生活を真似る事はやめ給え。
 老人は若い頃、親米派の「SMマニア」に言われました。「CIAのブラックリストに載せられちゃうぜ」と。
「構わない。政治犯扱いだろうけど、渡米なんて思ってもいないからね」
 私は彼等が誇りとする名大統領についても人類の歴史を票集めのためだけで変えやがった下衆な奴風に言いましたから、「シーッ」と口に一本指を立てられました。
 男と女がいてこそ、楽しく嬉しくなる斯界で、「奴隷」コトバがいろいろ見かけ、聞く、興味づく機会が多くなったようです。
「性奴」だ、「愛奴」だで、ストレート表現は控えていた時代があったのですが、今や奴隷になりたがる人妻・未亡人・娘っ子がいるそうです。
「嘘じゃなさそうだ……フン、フン」と耳にしている老人ですが、考えようによっては、嬉しい事です。
 老人は今、証拠物を見付け出そうとしているのですが、引越し荷の段ボールの片付け整理に、青息吐息となりやすく、中々発見に至りません。
「女奴隷」の訴えとなる書簡の文面は、初めは手書き物で、後には事務代行まで命じられる事から覚えたのか、ワープロ打ちのA4用紙へと変わりました。
 老人とは、彼女からの一方通行的文通で、返書送りは出来ませんでしたし、今は生死消息一切不詳ですが、生きている時は、貨物者登録のワンボックスカーで、上京させられ、好事家たちに晒されたり使役をさせられていました。
 老人が関わった出版物の中には、「北から来た雁夫人」と記されていますから記憶に残す人がおられるでしょう。
 ともかくも、「奴隷制度」が廃止されさえしていなければ、法的処罰や罪悪感被害もなくて済み、貧富の差、ありありの世相でも、活気ある生活が出来るのではないか、などと思うと、嬉しくなります。空想陶酔万才。
 嬉しい事は、気持ちの持ちよう次第です。
 金さえあれば、の欲張りが可能な時代に住んでいるのですから、男女間トラブルだけは起さぬように努めたまえ。
 知名度低下で、デッチ上げ醜聞を撒き散らすタレント如き生き物と出くわさぬ様に注意したまえ。俗に言って「不徳の致す所」と詫びコトバだけで済んだとしても、「損」で言えば断然男不利となるものです。
 そう!洋風生活に憧れるな、ベッド生活は独身時代だけにしておき給え論を記すつもりでしたが……話題それをしましたね。
 老人ばなしは、生きて来た歳月の長さから、今昔比較ばなしになってしまいますが、「温故知新」と思いたまえ。
 和室のしっかりした柱に、金具を木ネジ留めをし、“嬉しい事”に使う方法・手段を、是非したまえなどと言い出しますが、ベッドを置くと、それだけ居住空間が狭くなってしまうのは、お利巧さんとは言えません。
 精神は「神田川」です。三帖一間から始まる生活は、全てに密着性・親愛性が生まれ育つ場、との意識を持ち、庶民生活を嬉しがってみるようにしたまえ。
 金払いを気前よくしてモデルを呼んで、怪しい事をしていると疑がわれぬ様に種々配慮し、クロッキーする、スナップする等してみれば、男は性的衝動のコントロール修練にも役立ち、それこそ「学ぶ」ことになります。
「異喜」で「いきいき」の生活を研究したまえ、皆の衆。
■荒川也寸志
1933年生まれ。編集者、エロストレーター、文筆家。中宮栄の名で奇譚クラブに投稿。その後はSUN&MOON(サン&ムーン)、スペシャリーSM、異喜域、にちげつクラブ、SPROUT(スプロウト)、SMミラージュなどを創刊。荒川・中宮以外にも世田介一、多貫欣など多くのペンネームを使用している。
■氏に連絡を取りたい方は下記までご連絡ください。
三和出版秘性編集部
メール:hisei@sanwa-pub.com
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