『串名田村奇譚』 (左母次郎) 【第1回】

●「第1話「地図にない村」 
N県K郡串名田村。ぼくの生まれ故郷だ。辺境と呼ぶにふさわしい山奥の小さな村で、たいていの地図には載っていない。そこに行くにはバスを何度も乗り継ぎ、その終点から荒れた山道を1時間も歩かなければならない。猫の額のような土地に、100人ほどの村人が段々畑を作ったり家畜を飼ったりして暮らしている。人々は排他的で、ほぼ全員が村の中だけで一生を過ごし、村独自のしきたりを頑に守っている。
ぼくは15歳で村を捨てた。ぼくが村を出るきっかけになったのは、その奇妙なしきたりだった。村の子供達は10歳になると、村人達が「山」と呼んでいる聖地に連れて行かれる。そこはお椀を伏せたような形の岩山で、山頂には大昔に天から来た天道人様が造ったと言い伝えられる「石舞台」がある。直径3メートル、高さ1メートル程の石積みだ。子供達はその上に並ばされ、ムラオサや取り巻きの大人達に「天道人様の声が聞こえるか?」と詰問されるのだ。
この儀式は将来の村でのポジションを決めるものである。これに合格すれば村の寄り合いや、年に一度の祭に参加できるし、村の重要な仕事に就くことも出来る。
当時ぼくには4つ歳上の姉と5つ歳下の妹がいた。姉の穂波ははっとするほどの美少女で、優しかった。農作業で忙しい両親に代わり、ぼくと妹の面倒を見てくれた。「山」での儀式でも大人達を満足させ、将来を期待されていた。
「あの娘は美しいからきっと祭の巫女に選ばれる」
周囲の人々はそう噂した。奇麗な装束をまとって石舞台で踊る姉の姿を思い浮かべると、弟のぼくでも胸がどきどきした。
ぼくは10歳になり、「山」での儀式の日を迎えた。だが、ぼくにはいくら耳をすましても天道人様の声など聞こえなかった。これはあってはならないことだった。声が聞こえないということは、村の人間ではないと見なされるのだ。その日から、父も母も友達も、村じゅうのすべての人々がぼくが存在しないものとして振る舞った。
ただ、姉と妹だけは別だった。姉は変わらず優しくしてくれたし、妹は幼くてまだわからないのか、いつものように甘えてきた。おかげでぼくは居場所を失わずに済んだ。
祭が近づいた夏のある日、ムラオサが訪ねてきた。畏まる両親にむかって、ムラオサは厳かな声で言った。
「穂波は祭の生け贄に選ばれた」
そう、この村では祭で生け贄を捧げる習慣があった。子供だったぼくにはピンと来なかったが、姉の青ざめた顔でただ事でないと気づいた。だが父と母は「ありがたいこと」と喜んだ。娘が生け贄に選ばれることは、村では最高の栄誉とされているのだ。
串名田村奇譚1
祭の日。神職の格好をしたムラオサと取り巻きが家を訪れた。姉は取り乱し、逃げようとさえした。屈強な男達がたちまち取り押さえ、姉はムラオサの前に引き据えられた。
「村の掟はわかっておるだろう」
ムラオサが合図すると取り巻きは姉を無理矢理立たせ、着ているものをすべて剥ぎ取った。そして、持って来た筆に墨を含ませて、姉の胸から臍の下にかけてなにやら図形のような文字のような奇妙な模様を書き込んだ。その途端、泣きじゃくっていた姉の表情がなくなり、手足から抗う力が抜けた。
「行くぞ」
姉はムラオサについて歩き出した。まるでロボットのようだった。ぼくと妹はただ見送ることしか出来なかった。
その夜、祭に参加することを許されなかったぼくは、家で妹を寝かしつけようとしていた。「山」からは祭の喧噪が聞こえて来た。村人達が総出で石舞台を取り囲み、歌っているのだ。それは歌というより、不気味な呪文のように聞こえた。
妹が突然しがみついてきて叫んだ。
「姉ちゃんが助けてって言ってる!」
ぼくには村人の気の滅入るような歌が聞こえるだけだった。
「お願い、兄ちゃん、姉ちゃんを助けて!」
妹は泣きながら叫び続けた。
外へ出て「山」の方を見ると、石舞台のあたりがぼうっと光っており、その中から空の彼方へむかって、一条のまばゆい光が放たれていた。
続く


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