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緊縛&肛門嗜虐趣味の彼に初めて女の悦びを教えてもらったのです。

上司S男性に一生隷属することを誓ったMからの投稿(結衣・仮名)
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 私は、幼いころから両親に叱られた記憶がありませんでした。これといって思春期の反抗期もなかったような気がします。
 私は父親が四十歳の時の子供でした。長年不妊治療をしていたらしく、両親にとってはやっと、という気持だったのでしょう。一人娘として、両親は本当にチヤホヤという言葉通り、いやそれ以上に私に沢山の愛を注いでくれました。
 父親は自営業で不動産関係の社長をしており、朝から晩まで働きづめの生活を送っていました。母親は私が生まれたとき二十七歳で、近所でも有名な美人でした。

 長身でとてもスタイルが良く、地元のミスコンテストでも何度か入賞し、一時期雑誌のモデルとして活躍するほどでした。
 服装もオシャレで、それでいて色気もある母親。幼いころから、母親は私の憧れでした。将来の夢は? と聞かれたら子供のころの私は無邪気にこう答えていました。
「お父さんとお母さんみたいな家庭を作りたいです♪」
 と。物心がついたころからは、意識していた母親の影響なのか、近所のおじさん、おばさんや親せきから見た目を褒められるようになり、私も少し母に近づいたような気がして嬉しかったのを覚えています。
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 そんな私も思春期になり、中学校や高校では、自分でいうのもおこがましいのですが「学校のマドンナ」的な存在になっていました。確かに、客観的にみても当時の卒業アルバムの中で一番可愛かったのは、私だったと思います。
 ルックスだけを褒められるのが嫌だった私は、とにかく勉強を頑張ることにしました。男子生徒から何度か告白されたこともありましたが
「勉強が忙しいから……」
 とすべて断ってきました。知的で美しい母親、彼女に少しでも近づきたいという一心で、当時の私は必死でした。
 そんな私によく勉強を教えてくれたのが、叔父でした。叔父は私たちの実家から十キロくらい離れた場所に一人暮らしをしており、年に数回、実家に遊びに来ていました。国立の大学を出て、地方公務員として働いていた叔父はとても勉強を教えるのが上手く優しい性格だったので、私は叔父のことが、大好きでした。最初のうちは……。
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 叔父の、私に対する態度……目つきが変わったのは中学生になったころからです。少しお化粧やオシャレを覚え、身体的にも女性らしい身体つきに変化していく時期でした。
 上手く言えないのですが、それまでの子供を見る目ではなく、いやらしい、なにか卑猥な目つきで私のことを見てくるようになったのです。
 私は「気のせい、自分の思い過ごしだよね」と思い、それまでと変わらず叔父と接していました。
 しかし、中学三年生の冬休みの時期、事件は起きました。
 丁度高校受験を控えて家でずっと勉強をしていた日に叔父が遊びにきたのです。
 その日は年末で仕事が忙しい父は、事務所で寝泊りする日々が続いていました。また母親も忘年会で、帰りが遅くなることが決まっていました。
 家には私と、叔父だけです。今思えばあえてその日を狙ってきたのかもしれません。
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 自分の部屋で勉強をしている私に、叔父は差し入れのショートケーキをもってきてくれました。最初は食べながら志望校の過去問題についての質問に丁寧に答えてくれていました。しかし、勉強を教えてもらっているうちにお酒の匂いがして、叔父が少し酒を飲んでいるのが分かりました。それと同時に徐々に叔父が近づいてきました。気持悪い雰囲気だったので「嫌だなぁ」と、ふと叔父を見ると、突然吐息も荒く、私に襲い掛かってきたのです。
※この続きは本誌『マニア倶楽部2017年3月号』をご覧ください。