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たまえ講座⑧【荒川也寸志】

「異喜」表現に、何を言わんとしているのか薄々でも気付き、生活のマンネリズムの打破をこころざそう、などと思い立った後生人に贈りましょう。「色葉(いろは)四十八景」
 これは、カメラ類で「愛蹟録」残しを夢想する時のヒントになると老人は思っています。 続きを読む

たまえ講座⑥【荒川也寸志】

 自分のひねり出した文言で気に入っているものに―――人から受ける喝采はあっても、独りしみじみ味わう快哉は、己れの人生の内、極めて稀にしかない―――があります。
 その「快哉」を得る為には、種々工夫をしたまえのヒント提供に、少しは役立つだろうかナ……の思いから「快哉塾」なる連載記事を公表して来た過去があります。
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たまえ講座⑤【荒川也寸志】

 昭和八年(1933)八月生まれの、晩期老令者となった私は、極く最近になって、恐らく終のすみかとなろう居住場所に落着けたのですが、「八」を算用数字で表すと「8」となり、8を横にすると“∞”となって……無限大か永遠を意味しているようで、気に入っているのです。
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たまえ講座④【荒川也寸志】

 他人にはない、「異喜」実践で「活き活きしたまえ」と性事関心者らに呼びかけていた頃の私は、結構知人友人の数をかぞえていました。
「異喜の同好者」とも呼べる、小心な「SMファン」でもあったのです。そうした仲間が出来たのは、存在を明していたせいです。電話番号も印していました。
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たまえ講座③【荒川也寸志】

「プレイ」と「ゲーム」の差、あるいは違いを考えた事ありますか。
「SMプレイ」と対外的に表現したり、恋人、愛人関係、時として夫婦間にも用いる割りと無難なコトバですが、「SMゲーム」をしていると言える好事家は居ません。
「プレイ」は馴れ合いの痴戯。「ゲーム」は生命・人格尊重など思わない、性倒錯者の僭越行為です。
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たまえ講座①②【荒川也寸志】

たまえ講座① 荒川也寸志

「勉強しろ」と、強い命令語で言うのではなく、「勉強したまえ」と諭すよう声かける言葉を使える年恰好になったと思う事から、何事、他界するかも知れない雑文書き老人が、生きる知恵のこしと思って綴る話です。

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