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『怪人黒猫男爵』 (左母次郎) 【第4話】

●第4話

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真っ暗な山の中を警察の急襲部隊が歩調を揃えて歩いて行きます。その先頭に立っているのは森脇探偵。突然、ピーッという音がスーツのポケットから聞こえて来ました。探偵はポケットから小型のラジオのような機械を取り出しました。

「どうしました?」

と警部。

「沖田くんからの電波を受信しました」

機械の豆ランプが規則的に点滅しています。これは特製の電波受信器でした。

「無事だったんだな」

安堵の表情を浮かべた警部に、探偵は言いました。

「だといいのですが、罠でないとは言い切れません。慎重にいきましょう」
「うむ」

一行は電波をたどって歩き出しました。しばらく行くと、コンクリートで出来た小屋がありました。警官達は用心深く小屋を調べます。中には人がいた形跡があり、床にはセーラー服や下着、靴などが散らばっていました。探偵はハッとしてセーラー服の一着を手に取りました。裏側に隠しポケットが縫い付けてあります。

「チカ子君……なぜここに? まさか」

不安は的中しました。もう一着のセーラー服には「麗子」と刺繍があったのです。

「警部、麗子さんとチカ子君が黒猫の手に落ちました」
「なんだって!」
「ぐずぐずしていられません。すぐにでもアジトを突き止めないと」

探偵が受信機を小屋の奥に向けると、反応が強くなりました。

「電波はそっちの方から来ています」

小屋の奥にはドアがあり、それを開けるとコンクリートの階段がどこまでも下へ続いていました。

「よし、行くぞ!」

警官隊は一列になって階段を駆け下りて行きました。

「よし、まんまと罠にかかったな」

黒猫男爵は小気味良さそうに言いました。黒猫の前に並ぶテレビ受像機には、警官隊が階段を駆け下りる様子がはっきりと映し出されていました。ここは飛行船の操舵室。アジトのいたるところにテレビカメラが設置してあり、黒猫はここにいながらこうして侵入者を観察することができるのです。

「発進準備にかかれ。時限爆弾はセットしたな?」

すかさず部下が応じます。

「はッ。しかし、よろしいのですか? アジトを吹き飛ばしてしまって…」
「構わん。もうここには戻って来ないからな」

テレビ画面の中では、警官隊が鉄製の大きな扉を開けようとしていました。森脇探偵と警官隊は通路を奥へ奥へと突き進んで、突き当たりにある鉄製の大きな扉の前まで来ました。

「電波の発信源はこのドアのすぐ向こうです」
「よし、開けろ」

扉は重く、その上錆びつているのか警官が数人がかりでやっと開きました。中は暗く、一寸先も見えないほどです。ひんやりした空気がよどんでいて、どこかで水の滴る音が聞こえます。

「沖田君、いるのか。返事をしたまえ」

探偵が呼びかけると、奥から呻き声が返ってきました。その時、警部が電灯のスイッチを見つけ、あたりが明るく照らし出されました。部屋はがらんとしたからっぽの空間で、広さも高さもちょっとした体育館ほどもありました。

その中央に天井からロープで逆さ吊りにされているのは、沖田君ではなくチカ子さんでした。猿ぐつわを噛まされているため呻き声しかだせないのです。電波はチカ子さんの体から出ているようでした。見ると、お尻にかつて探偵が沖田君に手渡した電波発信器がつっこまれていました。

「チカ子君! いま降ろしてやる」

警官隊がてきぱきと動いてチカ子さんの体を降ろし始めました。しかし、チカ子さんは安堵の表情を浮かべるどころか、うう、うう、と唸るばかり。何か伝えたいことがあるようです。探偵はあたりを見渡してギョッとしました。床一面にスイカぐらいの大きさの丸い物体が転がっているのです。その一つ一つに時計の文字盤が取り付けてあり、かちかちと時を刻んでいるのでした。

「時限爆弾だ!」

その声に全員が凍りつきました。

「罠だったか」

警部が悔しそうに吐き捨てます。その時、部屋のどこかに隠してあるスピーカーから声が響いてきました。

「ふふふ、森脇探偵、そして警察の諸君。私は黒猫男爵だ」
「何ッ! 黒猫! どこにいる!」

警部が怒りをあらわにして怒鳴りました。

「部屋の居心地はどうかな。我ながら洒落たもてなしだと思うんだがね。私はこれからヨーロッパへ向かうつもりだ。このアジトは君たちにプレゼントしようじゃないか、墓標としてね」
「黒猫男爵! 必ず捕まえるぞ!」

探偵はきっぱりと宣言します。

「さあて、爆発まであと何分かな。私も出発するとしよう。では、さらばだ」

高笑いを最後に黒猫の声はしなくなりました。警官隊はチカ子さんの体を床へ降ろし終えました。チカ子さんは激しく身を捩り、もがもがと何かを訴えますが、猿ぐつわも体を縛めているロープもほどく時間はもうありません。

「脱出だ!」

全力疾走で部屋から逃げ出します。チカ子さんは大柄な警官に抱きかかえられ、部屋から運び出されました。

間もなく大音響とともに何もかもが激しく揺れ、通路の壁や天井に亀裂が走り、大量の瓦礫や土砂が降り注ぎました。爆弾の爆発で地下施設全体が崩壊し始めたのです。探偵も警官隊も必死で通路を走ります。少しでも足を止めれば、たちまち生き埋めになってしまうでしょう。

迷路のような通路を走り続け、やっとのことで全員が崩壊の危険のない場所にたどり着くことができました。そこは、先ほどの部屋よりさらに大きな空間でした。天井は5階建てのビルほどの高さにあり、奥行きは300mもあるでしょうか。壁の一角がぱっくりと大きく開いていて、夜空が見えていました。

「ここは…!」

そう、この空間は探偵と警部がヘリコプターから見かけた、巨大な飛行船の格納庫だったのです。真っ黒な船体が今まさに飛び立って行くところでした。咄嗟に警部と警官隊が銃で撃とうとしましたが、探偵はそれを制します。

「麗子さんと沖田君が乗っているんです! 水素ガスが爆発したら危険だ!」
「くそう、どうしたらいいんだ!」
「僕に任せてください」

探偵は警部に言うと、チカ子さんを振り向きました。

「チカ子君、手を貸してくれたまえ」

チカ子さんはまだ猿ぐつわをはめたままで、何か言いたそうに呻きましたが、探偵は構わずにチカ子さんの体を肩に担ぎ上げました。そして、チカ子さんの足首から10mほども伸びているロープをたぐり寄せて先端に輪っかを作り、飛行船を追って走りながら投げ縄の要領で投げつけました。

輪っかはうまい具合にゴンドラのドアの取っ手に引っかかりました。体重をかけてみて大丈夫と判断した探偵は、警部と警官隊に別れの手を振り、飛行船に吊り下げられて真っ暗な空へ消えて行きました。

怪人黒猫男爵4

チカ子さんは1000mの上空で飛行船から逆さ吊りになり、もがいていました。寒さと、高度からくる恐怖感もありましたが、何としてでも森脇探偵に伝えなければならないことがあるのに、猿ぐつわのせいで出来ないでいる、そのもどかしさで気も狂わんばかりになっていたのです。

森脇探偵は飛行船のゴンドラへ侵入しようと、ロープをよじ登っている最中でした。チカ子さんは猿ぐつわをほどこうと必死で頭を振り、顎を動かしました。その甲斐あってか、猿ぐつわは次第に緩み、風で吹き飛ばされていきました。

チカ子さんは大声で叫びました。

「先生!ロープを切って! 私の体にも爆弾がしかけられているんです!」

続く


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