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『怪人黒猫男爵』 (左母次郎) 【第2話】

●第2話

警部は一瞬驚いたものの、すぐに探偵のしかけたトリックを見抜きました。

「そうか、替え玉だな」

森脇探偵はにやっとして頷きました。

「すると、麗子さんに変装していたのは……チカ子君か?」
「沖田君です」
「ええっ? あれはどうみても女性だったぞ」
「彼は……変装の名人なのですが、特に女性に化けるのが天才的に上手いのですよ」

その時、警部がポケットに入れていたトランシーバーのブザーが鳴りました。気球を追っていったパトカーからの連絡でした。警部はひそひそと言葉を交わし、いらだたしげにスイッチを切りました。

「あの気球を拳銃で撃って墜落させたところ、ゴンドラはもぬけの殻だったということだ」
「やはり囮だったか」

探偵はぽつりと言いました。

「そうすると黒猫はどこへ雲隠れしたんだ?」
「さっき、かすかにプロペラの音がしたのを覚えていますか?」
「そう言えば……すると奴は飛行機で?」
「いや……飛行機だと音を立てずに近寄るのは不可能です。おそらく飛行船でしょう」
「飛行船? 飛行船とはあの、ドイツのツェッペリンのような? 奴はそんなものを……」

警部はにわかには信じられないようでした。

「沖田君には電波発信器を持たせてますから、どこへ行こうが追跡出来ます。僕の事務所でチカ子君が電波を追っているところですよ」
「そうか。さすが森脇君」
「警部、僕は黒猫のアジトを突き止めて、一味を一網打尽にするつもりです。攫われた少女達も救出できるかもしれない。夜が明けたらヘリコプターを出してください」

探偵の目は使命感で強い光りを放っているように見えました。

「わかった。ヘリコプターを要請しよう」

そこへ割って入ったのは麗子さんでした。

「あのう……」

麗子さんは目に涙をいっぱいに浮かべて、震える声で言いました。

「私、身代わりで連れて行かれた沖田さんが心配なんです。今ごろ危ない目に遭っていないでしょうか…」

森脇探偵は優しく微笑んで答えました。

「大丈夫。彼は僕が誰より信頼する弟子なんですよ。もっと危険な事件もくぐり抜けてきたんです。だからこそ替え玉を任せたんですよ」

探偵は麗子さんの肩にそっと手をおきました。

「心配しないでお休みなさい」
「はい…」

麗子さんは涙をぬぐい、頷きました。

※   ※   ※

さて、黒猫に攫われた沖田少年はどうなったでしょう。

ごおん、ごおん……

低いエンジン音を響かせて、夜空を進む物体がありました。真っ黒な飛行船です。全長は200米ほどもあるでしょうか。船体の下部には戦艦の艦橋のような構造物が突き出しています。ごつごつとしたその外観はまさに空中戦艦……。その内部にすらりと並んだ船室のひとつ。沖田君は全裸のまま後ろ手に縛られて、床に転がされていました。目を閉じたまま身動きひとつしません。傍らにたたずむのは怪人黒猫……。

怪人黒猫男爵2

その手にはつやつやした黒髪のかつらが握られていました。そう、早くも黒猫は攫ったのが替え玉だったのに気づいてしまったのです。しかし、黒猫の口元にはうっすらと笑みさえ浮かんでいました。

「ふふふ、この黒猫男爵が一杯食わされるとはね」

黒猫はあらためて沖田君のからだを眺め回しました。それは美しくも奇妙な光景でした。顔は少年なのに身体は少女なのです。乳房に手を伸ばし、揉んで見ると、それは明らかに変装などではない、本物なのでした。乳首をつまんで転がすと、沖田君のからだがぴくりと動きました。

じつは沖田君は女性として生まれたものの、男の心を持っていたのです。彼は素性を隠し、男として過ごしてきました。この秘密を知っているのは森脇探偵だけなのです。

「目が覚めているんだろう? 睡眠薬の効果が切れる頃だ」

黒猫は沖田君の耳に唇をよせて囁きます。

「君は美しいね……。探偵の助手にしておくには惜しいくらいだよ。君も僕のコレクションに加えようかな。麗子嬢と一緒に」

黒猫の手が体中を這い回ります。沖田君は気を失っているふりをしていますが、それには必死の努力が必要でした。ぞくぞくした快感にからだが反応してしまうのです。

「君は何か隠しているね。敵のアジトに乗り込むのに手ぶらのはずはない。君のからだは隅々まで調べたが何も見つからなかった……あとはここだけだ」

指がお尻の谷間に滑り込んできて、沖田君は思わずあっと声を上げそうになりました。

「ほら、やっぱりあった」

指はお尻の穴から金属製の万年筆のような形のものをつまみ出しました。

「電波発信器か。なかなかやるな、森脇君」

黒猫は発信器のスイッチを切り、高笑いをしながら船室を出て行きました。後に残された沖田君は悔しそうに呟きました。

「先生……」
 
やがて真っ黒な飛行船は高度を下げて行き、急峻な岩山の陰に姿を消しました。

※   ※   ※

翌朝。一機のヘリコプターが秩父山地の上空を飛んでいました。乗っているのはもちろん森脇探偵と土井留警部です。

「このあたりに間違いないんだな?」

警部が双眼鏡で怪しいものがないか探しながら訊きます。

「チカ子君の報告によると、電波が切れたのがこの辺です。地形から考えて、黒猫のアジトはこの近くのはずです」

森脇探偵は手に小型のレーダーのような機械を持ち、その画面を見つめていました。これは沖田君の電波発信器からの電波をキャッチして、その方角を示す機械です。しかし、いまのところ何の反応もありませんでした。ヘリコプターの行く手に湖が見えて来ました。人工的に作られたダム湖です。

「実は、秩父と聞いて思い当たる節がありましてね」

探偵は言いました。

「先の大戦末期、本土決戦に備えてダムと水力発電所が造られたんですよ。それがあのダムです。発電所の方は完成間際に終戦になってしまい、そのまま忘れられてしまった」
「発電所みたいに大きなものならすぐ見つかりそうなものだがなあ」
「発電所は地下に造られたんです」
「地下?」
「黒猫はその地下施設を改造して飛行船の格納庫にしているに違いありません」
「森脇君、いくら何でもそれは考え過ぎじゃないかね?」

探偵は種明かしをする時の笑みを浮かべました。

「黒猫男爵の出で立ちを思い出してください。仮面の目の部分は赤外線暗視装置、耳の部分は音波中和装置です」
「音波中和装置?」
「音が波なのはご存知でしょう。この波に正反対の波を当てると中和して消えてしまうのです」
「確かに音がしなかったな」

警部は苦手科目の筆記試験を前にした学生のようにううむ……と腕組みをしました。いったい、探偵は何を言わんとしているのでしょうか。

「これらは戦争中に研究されていた新兵器だったのです。そして、研究を主導していたのは黒崎重工でした」

黒崎重工と言えば小銃から戦車、戦闘機、軍艦に至るまで、当時の軍需を一手に担う大企業でした。

「黒崎重工が計画していた新兵器には、飛行船を強化した空中戦艦もあったのです。これは戦争には間に合いませんでしたが一隻だけ完成したそうです。そして、さっき言った発電所ですが、これも黒崎重工の建築部門が請け負っています」
「みんな黒崎重工じゃないか」
「そのとおり。黒崎重工は終戦時に解体してしまいましたが、その遺産を受け継いだ者がいるのです」
「なるほど、それが黒猫男爵の正体?」
「それが僕の推理です」

警部は頭を整理しようと双眼鏡を覗き込みました。その途端……

「おや、あれは何だ? 森脇君、あれを見たまえ。ほら、あの山の斜面」

探偵もそれを見て驚きの声をあげました。

※   ※   ※

丁度その頃、東京の神田にある森脇探偵事務所。呼び鈴が鳴ってチカ子さんがドアを開けると、そこには麗子さんが立っていました。

「こんにちは、チカ子さん」
「あら、麗子さんじゃないの。入って、入って」

麗子さんは誘拐を免れたとは言え、まだ黒猫男爵に狙われている身です。外を出歩くのは危険なはずなのに、いったいどうしたというのでしょう。

「チカ子さん、私、覚悟を決めて来たの。私なんかのために、沖田さんをこれ以上危険な目に遭わせるわけにはいかないわ。沖田さんを助けに行きます!」

麗子さんはチカ子さんに電波発信器が最後に電波を発信した地点を教えてと懇願しました。危ないからと断ったチカ子さんでしたが、とうとう根負けして地図を広げて言いました。

「電波が来たのはこのあたりよ。かなり山奥だから1人で行っちゃだめ。私も一緒に行くわ!」

続く


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