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『怪人黒猫男爵』 (左母次郎) 【第1話】

●第1話

ここは東京郊外にある大富豪・福河原満雄氏の屋敷です。福河原氏が朝のコーヒーを楽しんでいると、執事が慌てふためいて駆け込んできました。

「大変です旦那様!」

執事はそう言って一通の封書を福河原氏に手渡しました。差出人を見た氏は目を丸くしました。そこに書いてあった名前は……

黒猫男爵!

黒猫男爵とは近頃世間を騒がしている、美少女ばかりを狙う誘拐魔です。予告状を出しておいて、相手がいかに厳重な警備をしいていても、やすやすと目的を達成する神出鬼没の大悪人なのです。次は誰が狙われるのか、攫われた少女達はどうなったのか……。人々の噂話にその名がのぼらない日はありませんでした。

福河原氏はすぐさま警察に通報しました。その日の午後、福河原邸に1台のパトカーがやって来ました。降り立ったのは警視庁の土井留警部と、グレーのスーツ姿の颯爽とした印象の青年、そして高校生くらいの少年と少女でした。福河原氏は一行を応接室に迎え入れると、おろおろした様子で言いました。

「ああ、土井留警部、助けて下さい。これがその予告状です」

それにはこう書かれていました。

『親愛なる福河原殿。私の噂は耳に入っているだろう。私は世界中の美少女を収集しているコレクターだ。今晩12時丁度、あなたの愛娘麗子嬢を頂戴しに参上する。警察を呼びたければ呼びたまえ』

予告状を読み終えた警部はきっぱりと言いました。

「黒猫男爵は確かに油断できない相手です。しかしご安心ください。心強い味方をお連れしました。私の友人の森脇君です」

グレーのスーツの青年が福河原氏に微笑みかけました。

「初めまして。私立探偵の森脇です」

そう、この森脇探偵こそ、数々の難事件を解決した立役者なのです。その活躍は新聞で大々的に報じられていたのでした。

「あなたがあの森脇探偵。どうか麗子を黒猫から守ってください」
「お任せください」

探偵は自信満々で答えました。そして、背後に控えていた少年と少女を手招きしました。

「僕の有能な助手をご紹介しましょう。沖田君にチカ子君」

2人はぺこりとお辞儀をしました。沖田君は目鼻立ちのはっきりした美少年で、宝塚歌劇団の少年役のよう。一方チカ子さんは眼鏡をかけた頭の良さそうな女の子です。

「君たち、麗子お嬢さんの部屋へ行って話し相手になってさしあげなさい。僕達は警備の計画について相談するから」
「はい、先生」

※   ※   ※

「お紅茶のお代わりはいかがかしら?」

麗子さんはセーラー服姿でしたが、それでもフランス人形のように美しく、沖田君もチカ子さんも思わず見とれてしまうほどでした。

「それにしても、麗子さんはすごいですわね。怪人に狙われているというのに、そんなに落ち着いていられて」

チカ子さんが言うと、麗子さんはいたずらっぽく笑って答えました。

「私ね、小さい頃から探偵ごっこが大好きで、今でも探偵小説の大ファンなのよ。こんなことを言うと怒られちゃうかもしれないけど、ちょっとワクワクしているの。こうして本物の探偵さんともお友達になれたし」

沖田君がえへん、と胸を張ります。

「麗子さんは僕たちが責任を持って守ります。大船に乗ったつもりでいてください。黒猫め、こんどこそ袋のネズミにしてやるぞ!」
「あら、猫なの? ネズミなの? どちらだったかしら」

3人が笑い転げていると、ノックの音がして森脇探偵が顔を覗かせました。

「2人とも来てくれたまえ。そろそろ準備にとりかかろう」
「はい、先生」
「麗子さん、それじゃね」

※   ※   ※

その夜。新月なので辺りは真っ暗闇です。福河原邸では大勢の警官が配置について、賊の来るのを今か今かと待ち構えています。土井留警部は応接室で落ちつかなげに行ったり来たりしています。森脇探偵はソファーに座り、小型のラジオのような機械を操作していました。機械からはコードが伸び、探偵が耳にはめたイヤフォンにつながっています。

「森脇君、いったいどんなトリックを仕掛けたのか、そろそろ教えてくれないかね?」
「それは黒猫がやってきてからのお楽しみ、ということにしましょう」
「やれやれ、君はいつももったいをつけるからなあ」
「警部のびっくりした顔を見るのが楽しみでしてね。おや、そろそろ12時か…」
「うむ…それにしても静かだ」

丁度その頃、2階の麗子嬢の寝室。その窓の外側に、上空からするすると縄梯子が降りて来ました。そして黒ずくめの人影が音もなく現れ、窓を開けて室内に浸入しました。

人影はベッドで寝息をたてている麗子さんの傍らに立つと、顔にハンカチを当てたのです。麗子さんは一瞬ぱちっと目を開けましたが、すぐ意識を失ってしまいました。

人影は全く音をたてることなく布団を捲り、麗子さんの寝巻きと下着を剥ぎ取りました。枕元の灯りに照らされて、真っ暗な中に美しい裸体が浮かび上がります。人影はそれをうっとりした様子で眺めていました。

応接室の柱時計が12時を告げました。

「静かすぎる」

探偵が言いました。そして、突然耳のイヤフォンをかなぐり捨て、ドアに向かって走り出しました。

「どうしたんです!」

警部もあとを追います。

「麗子さんの部屋に盗聴器を仕掛けておいたのです。それが全く何も聞こえない。何かあったのに違いありません!」

探偵は麗子さんの部屋のドアを開け、飛び込みました。廊下の明かりが真っ暗な室内を照らし出します。

怪人黒猫男爵1

全裸の麗子さんを抱きかかえた怪人が、今まさに窓の外へ脱出しようとしているところでした。怪人がこちらに顔を向けました。顔の上半分は猫を模した金色の仮面に覆われています。ぴんと立った耳、らんらんと輝く緑色の目。むきだしの口元は不適な笑みを浮かべていました。

土井留警部が窓の外に向けて威嚇射撃をしましたが、驚いたことに何の音も聞こえないのです。怪人は麗子さんを抱きかかえたまま、気障な仕草で別れの挨拶をし、窓の外の闇へ身を踊らせました。まるで無声映画をみているようでした。

突然、音が戻って来ました。カーテンのはためく音や木々のざわめきに混じって、飛行機のプロペラのような音がかすかに聞こえました。

「警部、賊はまだ近くにいるはずです。警官隊にサーチライトで空を照らす様に言ってください」

探偵は落ち着き払って言いました。やがて、サーチライトの光芒の中に真っ黒な気球が浮かび上がりました。警官隊がパトカーで追いかけます。遠ざかって行く赤ランプを窓から眺めながら、警部は探偵に問いかけました。

「森脇君、説明してくれたまえ。麗子嬢がまんまと攫われてしまったのに、君はなぜ平然としているのだ。いや、君のことだ。何かトリックがあるのだろう?」

探偵はドアの方を指差しました。そこには福河原氏と、なんと攫われたはずの麗子嬢が心配そうな表情をうかべて立っていたのです。

続く


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