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『串名田村奇譚』 (左母次郎) 【第3回】

●第3話「誘拐」

呂末氏のアパートを辞したのは夜遅くなってからだった。別れ際、彼はこんなことを言った。

「近いうち、祭が行われるはずだ。ぼくはまた行ってみようと思う」

祭。誰かがまた生け贄にされるということだ。まさか、穂海が……

「あんな事を野放しにしてはいけない。ぼくは村で何が行われているか、あばきたててやるんだ。君が訪ねてきたことで、ぼくは自分が何をすべきか気付いたよ」

握手をして別れた。

穂海……。言い知れぬ不安がつのる。その夜は一睡も出来なかった。それから数週間後。悶々とした日々を過ごすぼくの前にひょっこり当の穂海が姿を現した。仕事から帰ってアパートの鍵を開けようとしているところだった。

「お兄ちゃん」

 驚きのあまり言葉が出てこない。ぼくが村を出て5年。穂海は美しく成長していた。あの日の姉によく似ている。

「穂……穂海!どうしたんだこんな所へ」
「お兄ちゃんに会いたくなって出てきちゃった」
「よくわかったな、ここ」

穂海はにっこり笑って答えた。

「忘れた?あたし、声が聞こえるのよ。天道人様だけじゃなくて、みんなの声が」

そう、あの夜もそうだった。姉の助けを呼ぶ声が穂海には聞こえたのだ。

「だから、お兄ちゃんの声も聞こえるの。あんまり遠いとダメだけど。でも声をたどってここまで来れたのよ」

すごいでしょ、と言いたげな笑顔。だが目が何かを訴えている。不安を掻き立てられ、部屋に招き入れた。

「あたし…生け贄に選ばれたの」

穂海はさっきとは打って変わった沈んだ声で言った。

「あたし、死ぬの嫌。お姉ちゃんみたいな死にかたしたくない。助けて、お願い」

ぼくは妹の体を抱きしめた。

「逃げよう。今すぐ」

ムラオサが穂海の逃亡に気づいたら、すぐさま追っ手を差し向けるだろう。妹はぼくの「声」を頼りにここまで来た。村の人間にも同じことが出来るはずだ。急がなければ。少しでも遠くへ行かなければ。

ぼくは穂海の手を引き、アパートを後にした。夜行列車に乗って北へ向かうつもりだった。急ぎ足で商店街を抜ける。もう少しで駅だ……。突然、穂海が叫んだ。

「そっちはだめ、待ち伏せされているわ!」

やはり追っ手が迫っていたのか。進路を変え、路地に入る。

「追って来る、2人、いえ、3人!」

振り返る勇気がわかない。穂海の指差す方へ無我夢中で走った。

「こっち!」

穂海が手を引っ張った。雑居ビルの間の狭いコインパーキングに飛び込んだ。古びたワゴン車の陰に身を潜める。数秒後、黒い人影がいくつか走ってきて、そのまま通り過ぎた。

「遠ざかっていくわ」

ほっと胸を撫で下ろす。それでも数分は立ち上がる勇気がわかなかった。

「何も聞こえない。大丈夫みたい」

穂海が微笑む。そろそろと車の陰から這い出した。パーキングの出口に向かって駆け出そうとして、ぎょっとした。そこにスーツ姿のシルエットが立ちはだかっている。

「どこに行くつもりかな」

串名田村奇譚3

聞き覚えのある声だ。ムラオサの取り巻きの1人だったか。ぼくらは逃げ果せたのではなく、追いつめられていたのだ。連中は穂海の能力を逆用してこのパーキングに誘導したのに違いない。

「兄と最後の別れを言うくらいは大目に見てやろうと思ったんだがな、もうすぐ祭だ。君がいないと話にならない」   

シルエットはこつこつと足音を立てながら近寄って来る。穂海をかばいながら後ずさりするが、後がない。

「もう帰る時間だよ、穂海。みんな待っている」

シルエットが合図すると、辺りの暗がりから男達がわらわらと現れ、ぼくと穂海を引き離した。

「お兄ちゃん!」

穂海!と叫ぼうとしたが重いパンチが腹に叩き込まれ、うっと呻いて膝をついた。間髪を入れず蹴り倒され、殴られ、腕を背後に捻り上げられた。穂海は大柄な男に羽交い締めにされ、口を塞がれて藻掻いている。別の男のごつい手が穂海の襟元へ伸びていく。

「やめろ!」

やっとの思いで声を出す。

「しっ」

シルエットが目の前に立っていた。照明がその顔を照らし出す。爬虫類を思わせる非人間的な顔だ。

「君は勘違いしているようだね。我々は穂海を攫いに来たんじゃない。迎えに来たんだよ。あの娘は自分の意志で村へ帰るんだ」

やれ、と合図する。布が裂ける音。くぐもった悲鳴。穂海の服が引きちぎられていく。助けようにも体を押さえ込まれていて動けない。

「やめろ、やめろ!」

穂海は丸裸にされていた。筆に墨をふくませながら、男が近寄っていく。穂海は身をよじって抵抗するが、男は素早かった。たちまち裸の身体に文様が描きこまれた。姉が生け贄にされた時のものと同じ、あの奇妙な文様だ。

「穂海!」

穂海の表情がすっと消え去り、身体から抗う力が抜けた。背後の男が羽交い締めを解いても、そのまま夢遊病のようにぼんやりと立っている。

「穂海、目をさませ!」
「君はもう村の人間ではないのだ。村のことは忘れたほうがいい。妹のこともね」

爬虫類のような顔がにんまりと笑う。飛びかかろうとしたが、押さえ込まれていて動けない。

「行くぞ」

男達は駐車場の出口へ向かって歩き出した。穂海も一緒にロボットの様に歩き出す。

「穂海!」

次の瞬間、ぼくは後頭部を一撃されて昏倒した。暗くなっていく視界の中で、裸のままの穂海と男達のシルエットが遠ざかっていった。

意識を取り戻したのは夜中だった。体中が痛む。あばらの一本も折れているかもしれない。が、それどころではない。気力を振り絞って立ち上がった。穂海を助けなければ。警察に駆け込もうかとも思ったが、駄目だ。事情を説明している間に手遅れになる。ポケットを探ると、幸いにも携帯電話は壊れていなかった。焦りで震える手で番号をプッシュする。いま助けを得られそうなのはあの人しかいない。

「呂末さん、兎園です。妹が、妹が…」

続く


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